文章練習

あきたらやめる

本物を知る

 人生は短い。そのすべてを費やして知ろうとしても、知りうることなどたかが知れている。しかしそれでも知ろうとするのは、知ることに価値があるからだろう。
 とはいえ、世の中には知らないほうがいいこともある。できれば知らずにすませたいと、ほぼ確実に思うようなことが。

 小学生のころの苦い記憶がよみがえってくる。ある日、なんとはなしに空を見上げると、口の中に何かが落ちてきた。苦い味がして反射的に吐きだす。……ハトのフンだ。運が悪いにもほどがある。まさに苦汁をなめたというわけだ。それ以来、鳥を見かけるたびに身構えるようになってしまった。もしどこかで鳥の一挙一動に怯える人間を目にしたら、優しく見守ってほしい。その人はきっと、悲しい経験をしてきたのだ。

 ところで、「○○を嫌うのは本物の○○を知らないから」と言ってくる人がいる。ただのマウンティングか、あるいは本気でそう信じているのだろうか。もし信じているのなら、ぜひ知ってほしい、本物のハトのフンを。そうすれば知ることになるだろう、前述の理論の愚かしさを。ひょっとすると、人によっては、ハトのフンのすばらしさを知るのかもしれないが……。