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本という扉を開いて――『フジモトマサル傑作集』

書名: 『フジモトマサル傑作集』(青幻舎)
著者: フジモトマサル

 『フジモトマサル傑作集』は、漫画・随筆・回文・なぞなぞといった、彼のさまざまな仕事をまとめた作品集。フジモトマサルの世界を概観しながら、単行本未収録作品にも触れられる1冊となっている。なお、『フジモトマサル傑作集』に収録されなかった『いきもののすべて』については、本書の出版前に復刊されており、そちらで読むことができる。

 全12回の随筆「回想の再読」シリーズがとてもおもしろかった。出色は「霧の中のロンドン」。そこで語られているのは、ある短編小説のことだ(ここからは「霧の中のロンドン」と短編小説の内容に踏みこむので、知りたくない人は続きを読まないほうがいい)。

 舞台は二十世紀初頭のロンドン。主人公の男はこれまで何度か、石畳の路上で不思議な扉を見た。あれはなんなのか、その向こう側には何があるのか、深く興味を抱くのだが、翌日にはもうなくなっている。
 ある夜、男はその同じ扉を再度見かけた。今こそチャンスだ。そう決心し、近づいて扉を開ける。
 そしてその結果……物語は意外な結末を迎える。

「霧の中のロンドン」、『フジモトマサル傑作集』p.214

 このようなあらすじの小説を幼少期に読み、ことあるごとに思いだしては読みかえしたいと願っていたものの、検索しても結局わからずじまいだったという。

 どんな物語なのか気になったので、自力で探すことにした。試行錯誤しながら検索したところ、それらしき短編を見つけだすことができた。作者はH・G・ウェルズで、作品名は『The Door in the Wall』。邦訳は多数あり、現時点で新刊購入しやすいのは、岩波文庫の『タイム・マシン 他九篇』(「塀についた扉」として所収)、創元SF文庫の『タイム・マシン』(「塀についたドア」として所収)、角川文庫の『タイムマシン』(「くぐり戸」として所収)あたりだろうか。他にも「塀とその扉」「塀のある扉」「塀にあるとびら」「くぐり戸の中」「白壁の緑の扉」「幻影の扉」といった邦題でさまざまな本に収録されているそうだ。

 じっさいに読んでみると、たしかに印象深い作品だった。私もまた、今後の人生で折に触れて思いだすことになるのだろう。ふと思ったのは、「幼いころに見た扉を探す登場人物」と「幼いころに読んだ小説を探すフジモトマサル」が重なるということと、あまりにも重なりすぎるということ。この小説を探しあて、その扉の秘密を知ると、「霧の中のロンドン」に込められていたかもしれない意味が浮かびあがってくるように見える――そんなことを考えていたら、フジモトマサルの描く不思議な世界に迷いこんだ気がした。