文章練習

あきたらやめる

ジュンパ・ラヒリ『べつの言葉で』

書名: 『べつの言葉で』(新潮社)
著者: ジュンパ・ラヒリ
訳者: 中嶋浩郎

 ベンガル人の両親をもつアメリカ育ちの成功した作家が、アメリカからイタリアに移住して、イタリア語、つまり「べつの言葉で」作品を書く――興味深くはあるものの、なぜそんなことをするのだろう?

 それはどうやら、イタリア語への愛情に加えて、変化への希求が関係しているらしい。人間としても作家としても、ジュンパ・ラヒリは変わりつづけることにこだわりがあり、それが原動力のひとつになったようだ。
 「べつの言葉」に傾倒するのは、著者のなかで長くつづいてきた、ベンガル語と英語の対立ともかかわっている。両親の言語で「母」たるベンガル語。生まれ育った土地の言語で「継母」たる英語。どちらからも離れて、自分の意志で新たな言語を学ぶのは、要するに自立の道なのだ。そもそも変化を強く求めること自体、自立的な志向といえる。とかく変化を嫌ったらしい母親とは対照的だ。
 イタリアに移住するのは、むろんイタリア語を本格的に身につけるためであり、ラヒリが求める変化の一種でもあるのだろう。考えようによっては、両親の移民としての人生をたどる形にもなっていて、そこがまたおもしろい。

 書くこと、なかでも書いたものを徹底的に推敲することは、内省的な行為だ。曖昧だったことが明瞭になり、知ったつもりになっていたことを、どれほど知らなかったのか知るきっかけになる。
 新しい言語の勉強にうちこみ、その言葉で表現することもまた、内省的な行為だろう。第一言語以外では、修辞による粉飾が難しくなる。堪能でないがゆえにより直截な物言いしかできず、それが結果的に身も蓋もない明快さにつながり、自分がじっさいに何を主張しているのか明々白々になるはずだ。自らのレトリックにほかでもない自分自身がごまかされる、なんてこともなくなるだろう。あるいは、第一言語ではないからこそ率直に言えることだってあるかもしれない。

 表現しようと苦心すること、とりわけ新たな言語でそうすることは、自身のなかのさまざまなことをあきらかにする。これまでは見えなかった一面、新しい自分が顔を出すといってもいい。その意味で「べつの言葉」の習得とは、一種の変身なのだろう。

ミランダ・ジュライ『あなたを選んでくれるもの』

書名: 『あなたを選んでくれるもの』(新潮社)
著者: ミランダ・ジュライ
訳者: 岸本佐知子

 人に歴史あり。人生は語ることに満ちている。

わたしが記者でも何者でもないのを知っていながら、まるでこのインタビューがとても大きな意味をもつかのように、自分について語りはじめるのだ。でも、とわたしは気づいた。誰でも自分の物語は、その人にとってはとても大きな意味をもっているのだ。

『あなたを選んでくれるもの』p.36

 あらすじは、フリーペーパーの『ペニーセイバー』に個人広告を出した人たちに著者のミランダ・ジュライが電話をし、相手の許可が出れば自宅を訪問してインタビューしていく、というもの。著者にインタビューされるのは、概して社会の主流ではない人々だ。ネットに均されずに環境や習慣に強化された、強烈な個性の持ち主でもある(とはいえ自覚がないだけで、われわれ一人ひとりにもきっとそういう側面があるのだろう)。そんな生(なま)の生(せい)の生々しさに、引きつつも惹きつけられ、惹きつけられつつも引きながら、話は進んでいく。

 作中ではたびたび「エア家族」なるものが登場する。

ティーンエイジャーのダイナは、雑誌の黒人女性の写真をスクラップブックに貼りつけていた。それはみんな彼女の空想上のお姉さんなのだった。わたしが会う人会う人、なぜだかみんな紙の上のエア家族を持っているようだった。

『あなたを選んでくれるもの』p.174

 そこでふと、ある言葉を思いだしたりもした。

人には誰か相手が必要だ。自分のまわりに誰もいないのなら、誰かをでっちあげて、あたかも実在する人物のようにしてしまえばいい。それはまやかしでもなければ、ごまかしでもない。むしろその反対のほうが、まやかしでごまかしだ。彼のような男が身近にいることもなく、人生を生きていくことのほうが。

チャールズ・ブコウスキー『くそったれ! 少年時代』p.191、訳:中川五郎

 読みすすめながら貧しさや孤独に同情したりするけれど、そうは言っても遠方に住む赤の他人であり、じっさいに助けようとするわけでもなければ助けられるわけでもない。この同情も結局は一時の感傷にすぎず、そう考えると何やら悪趣味な気もしてくる。
 著者は言う。

何かの埋め合わせのように、わたしはふだんより多めの金額を彼に払ってしまった。なぜならドミンゴは今まで会った誰よりも貧乏だったから。もっと不幸だったりもっと悲惨だったりする人は他にもいたけれど、いっしょにいて、彼ほどいやらしい優越感をかき立てる人はいなかった。わたしたちはわたしのプリウスに乗って帰った。もし自分と似たような人たちとだけ交流すれば、このいやらしさも消えて、また元どおりの気分になれるのだろう。でもそれも何かちがう気がした。結局わたしは、いやらしくたって仕方がないしそれでいいんだ、と思うことに決めた。だってわたしは本当にちょっといやらしいんだから。ただしそう感じるだけではぜんぜん足りないという気もした。他に気づくべきことは山のようにある。

『あなたを選んでくれるもの』p.161

 相手との断絶や非対称な関係、自分のいやらしさを認めつつ、それでも「自分と似たような人たちとだけ交流す」ることに安住するのをよしとはしない。
 むろんそれも自己正当化的ではある。しかしそれだけでもないのだ。

 インタビューをするたびに、こうしたさまざまなことが次第しだいに浮き彫りになっていく。表出するのはむしろ著者自身のことだ。他者と向きあうことで自分と向きあうといった構図である以上、必然的にそうなるのだろう。それを読んで考えをめぐらすうちに、読者も自分自身と向きあうことになる。

 私はといえば、「わかる」と思いながら読んでいたものの、一方で「簡単にわかった気になってはいけない」とも感じていた。人類はわかりやすいとしても、個人はあまりにはかりがたいからだ。
 そもそもコミュニケーションは、どこまでいっても推測でしかない。それぞれに想像力を駆使して、「わかった」「わからない」「わかってくれた」「わかってくれない」などと勝手に合点しつつ、喜んだり嘆いたりしているにすぎないのだ。その最たる例がこの感想だろう。
 うんざりするほど月並な表現ながら、個人はもともと理解不能なものだという前提で、それでもできるだけ理解しようとするのが大切なのだと思う。わかった気にならないことと、わかろうとすることが。人間に与えられた時間や能力は有限であり、たとえ人生のすべてを費やしたところで知りうることなどたかが知れていると知ったうえで、それでも知ろうとするように。
 それは人生に打ちのめされて諦観へとたどりつき、そこからなんとか立てなおして再出発することにも似ている。

 諦念を起点とする、一種ネガティブなポジティブさ。そうしたポジティブさは、私が長患いのなかで自然と身につけたものであり、ジョーの話を読んでいるときに改めて意識したことでもある。
 世界を救うことなどできはしないとしても、自分自身と身近な人を少しだけ救うことならできる、ということをジョーは体現していた。そうすることで世界は、ごくわずかであれ生きるに値するものになるのだろう。

アレクサンドル・ゲルツェン『向こう岸から』

書名: 『向こう岸から』(平凡社
著者: アレクサンドル・ゲルツェン
訳者: 長縄光男

 『向こう岸から』は、幸か不幸か一足先に思想的「向こう岸」へとたどりついてしまった、時代の異邦人たるアレクサンドル・ゲルツェンの思索集。時代を超越する普遍性をもった名著だと思う。

 ゲルツェンのきわだった特徴のひとつは、自らの信じる思想すら永久不変の真理とはしないところだろう。その思想もいつかは極端なものに変質し、打ち負かされることになるとさえ言うのだ。そう考えるのはおそらく、神聖不可侵なドグマと化した思想が、人間に対して驚くほど暴力的になりうることを深く理解しているからでもある。じっさいにその恐怖を味わったゲルツェンの「このような衝撃を体験した以上、生身の人間が今まで通りでいることはできない」(p.78)からはじまる決意表明は印象的だ。大衆を一種の自然と見なし、彼らこそが歴史をつくり循環させる存在だと捉えているのもおもしろい。

 全8章のうち「嵐の前(船上での会話)」「VIXERUNT!(彼らは生き残った!)」「CONSOLATIO(なぐさめ)」の3章は対話形式で綴られるが、解説によれば自己との対話のようだ。それはゲルツェンにとっての理想と現実、期待と失望、感情と理性の対話に思える。世界を裁判官の目で見ることと医師の目で見ることのあいだで揺れながら、ゲルツェンは自分自身を追いつめ、説得し、思索を深めてゆく。そしてある諦念にいたるのだが、だからといってなげやりになるわけではない。むしろそれは、「独立した自立的な生き方」(p.238)、「新しい生の始まり」(p.239)なのだ。

 才能あふれる外部者であるからこそ、内部にいては見えにくいものをはっきりと見ることができるものの、外部者であるがゆえに内部への影響力は限られている、というのがゲルツェンのような立場の不幸なのだろう。とはいえその不幸は、「狂気の至福」(p.78)よりもずっと価値がある。

本物を知る

 人生は短い。そのすべてを費やして知ろうとしても、知りうることなどたかが知れている。しかしそれでも知ろうとするのは、知ることに価値があるからだろう。
 とはいえ、世の中には知らないほうがいいこともある。できれば知らずにすませたいと、ほぼ確実に思うようなことが。

 小学生のころの苦い記憶がよみがえってくる。ある日、なんとはなしに空を見上げると、口の中に何かが落ちてきた。苦い味がして反射的に吐きだす。……ハトのフンだ。運が悪いにもほどがある。まさに苦汁をなめたというわけだ。それ以来、鳥を見かけるたびに身構えるようになってしまった。もしどこかで鳥の一挙一動に怯える人間を目にしたら、優しく見守ってほしい。その人はきっと、悲しい経験をしてきたのだ。

 ところで、「○○を嫌うのは本物の○○を知らないから」と言ってくる人がいる。ただのマウンティングか、あるいは本気でそう信じているのだろうか。もし信じているのなら、ぜひ知ってほしい、本物のハトのフンを。そうすれば知ることになるだろう、前述の理論の愚かしさを。ひょっとすると、人によっては、ハトのフンのすばらしさを知るのかもしれないが……。

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プリーモ・レーヴィ『休戦』『周期律』『リリス』

書名: 『休戦』(岩波書店)、『周期律』(工作舎)、『リリス』(晃洋書房
著者: プリーモ・レーヴィ
訳者: 竹山博英

 プリーモ・レーヴィの著書、なかでも『休戦』や『周期律』、そして『リリス』所収の「ロレンツォの帰還」「我らが印」などで印象深いのは、無駄を排した飾り気のない文章による人物描写だ。レーヴィ自身は「今では、ある人物を言葉で覆い尽くし、本の中で生き返らせるのは、見こみのない企てであることは分かっている」*1と言うのだが、特徴を巧みに捉えて生き生きと描きだすことに成功している。なお、ここでいう特徴とは、長所にも短所にもなりうるような表裏一体のものだ。それはさまざまな幸・不幸の結果であり一因でもある。

 人生は状況次第でいとも簡単に長短が逆転し、明暗が分かれてしまう。「ある薄い膜や、一陣の風や、さいころの一ふりが、二人を二本の道に分け、それは一本にはならなかった」*2ということと、「言わなかった言葉に、利用しなかった機会に、思いを馳せながら」*3、偶然に左右されて生きていくしかない。それは良くもあり悪くもある。レーヴィの作品には、そんな喜びと悲しみが詰まっている。

*1:『周期律』p.79

*2:『周期律』p.195

*3:『休戦』p.317

リチャード・マグワイア『HERE』

書名: 『HERE』(国書刊行会
著者: リチャード・マグワイア
訳者: 大久保譲

 同じ地点から見た、さまざまな時代の景色や出来事を、時を越えて切り貼りする作品。太古の昔から遠い未来に至るまでの断片を、20世紀と21世紀の人々の暮らしを主軸にしながら、思うままにつなぎあわせていく。

 キャラクターやセリフの魅力に頼らずとも、ここまでのことができるのかと唸らされる。調査にもとづいている部分が意外とあるようなのもおもしろい。

死に近づいて生を感じる

 飛蚊症になった。眼科医によると、後部硝子体剥離なる現象が近視の影響で通常よりも早く起こり、その際に軽く出血しただけで、急変しなければまず心配ないそうだ。しかしそれでも、いつかこの目が見えなくなる日がくる、ということを意識せざるをえなかった。それどころか心臓だって止まるのだ。いつ終わりがきてもおかしくない。自分の日常生活をふりかえって、「こんなことをしていていいのだろうか?」と思ったりもした。とはいえ、こんな文章を書いている。

ごみのはいった眼や、腫れて膿んだ指、病む歯だけが自分の存在を感じ、自分の個性を自覚するのだ。健康な眼や指や歯はまるでそれらが存在していないように思えるものだ。

ザミャーチン『われら』p.194、訳:川端香男里

われわれが「元気です」と言うときは、自分の肉体というものを少しも感じていないときだという、あのおなじみの言い回しがまたとない真実を告げているだろう。

ジャン・アメリー『罪と罰の彼岸』新版p.75、訳:池内紀

 私は自分の肉体を感じている。意識させられている。もともと持病があるので、意識させられることがさらに増えた、と言ったほうが正確か。身体の執拗な「自己主張」には、つくづくうんざりさせられる。もし痛みを感じなくなったら、それはそれで困るのだが。 

 「健康的な生活」をしたいとは思うものの、なかなかそうもいかない。「健康的な生活」をおくるには、そこそこ健康であることがまず必要だったりするからだ。長患いを経験しないと、この感覚はわかりにくいかもしれない。健康は空気のように貴重で、失うまでその価値を実感しづらいものだ。
 ときどき、持病の症状がもっとも深刻だったころのことを思いだす。生きるに値しない毎日だった。もう一度あの苦しみを味わうくらいなら、確実に死を選ぶと断言できるほどに。
 眠れるということが、どれだけすばらしいか。あまりのすばらしさに最近ではついつい寝すぎてしまい、反省することもしばしばだ。しかし目覚まし時計をセットしても、寝起きの自分があの手この手で裏切ってくる。
 それにしても、あのときはどうやって耐えたのだろう?

 健康問題にふりまわされて、価値観もかなり変わってしまった。ほとんど老人のように生きている。もはや余生だ。そんなことを考えながら、アトゥール・ガワンデの『死すべき定め』を読んでいると、「社会情動的選択理論」なるものが出てきた。簡単に言えば、日々の生活における目標や行動などの志向は、年齢そのものではなく、自身に残された時間をどう認識するか次第で変わるということらしい。老人はもちろん、残りの人生は短いと考えている。一方でたいていの若者は、まだまだ人生は長いと思っているだろう。しかしたとえば、病気だったり不安があったりする場合など、なんらかの事情で先行きに不透明さを感じているときには、若者でも「老人のような価値観」になるそうだ(医学の進歩で寿命が20年も延びたと想像してもらったケースでは、老人が「若者のような価値観」になったとのこと)。
 ここでいう「老人のような価値観」とは、「現在ここにあるもの、日々の喜びと親しい人たちを大切にする」*1といったものだ。これは好きな言葉である “you have to die a few times before you can really live.”*2 に通じるところがある。病気になったり怪我をしたりするのは、一時的にであれ死に近づくことだ。それは普通と見なしがちなことのかけがえのなさを、実感するきっかけにもなりうる。

 『死すべき定め』で、著者であり医師でもあるガワンデが扱っているのは、死にゆく人に対して医療*3には何ができるか、ということだ。なかでも終末期医療の話が印象的だった。

がん対処研究に参加した終末期がん患者のうち三分の二が、自身の最期の目標についての話を主治医としたことがなかった。調査が行われたのは平均で死の四カ月前だったにもかかわらず。しかし、残りの三分の一、死について医師と話をした患者は心肺蘇生をされたり、人工呼吸器をつけられたり、ICUに入れられたりすることが前者よりはるかに少なかった。この患者のうち大半はホスピスに入った。あまり苦しまず、体力もより保たれ、そして他者との交流をよりよい形で、より長い間、保つことができた。さらに加えて、患者の死から六カ月後で、遺族が長期間のうつ状態におちいっている割合が明らかに減っていた。言い換えると、最期について自分の嗜好を主治医と十分な話し合いをした患者は、そうしなかった患者よりも平穏に死を迎え、状況をコントロールでき、遺族にも苦痛を起こさない可能性がはるかに高いのだ。

アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』p.174、訳:原井宏明

病院での通常の治療を諦めた患者は、高用量の医療用麻薬を与えられて痛みと闘っているだけであり、他の多くの人々も私もホスピスでのケアは死を早める、と思いこんでいた。しかし数多くの研究がまったく反対の結果を示している。

アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』p.175、訳:原井宏明

この教訓はまるで禅問答のようである――人は長生きを諦めたときだけ、長生きを許される。

アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』p.176、訳:原井宏明

 一縷の望みに賭けて苦しい治療に耐えながらより長く生きるか、苦痛の緩和を優先してより早く死ぬか、このどちらかを選択するのだと漠然と思っていた。しかしどうやらそれは思いこみだったようだ。

 死に際して多くの人が望んでいるのは、最期の日々を可能なかぎり平穏で価値あるものにすることだろう。会いたい人に会い、伝えたいことを伝え、やりたいことをやり、周囲の重荷にならず、苦しむことなく安らかに死に、最期の姿を悲痛なものにしない。
 残された短い時間をできる範囲で本人の希望どおりにすること、それは死にゆく人のためであり、遺される人のためでもある。どのような生に耐えられて、どのような生に耐えられないか、優先順位や許容範囲は人によってずいぶん違う。望みを叶えるには、まずその望みを知らなければならない。しかし大切な人への思いやりから、望まぬ治療を受けてしまったりもする。
 本当の希望をどうやって知ればいいのだろう? じつは相手の考えを知る秘訣がある。それをここで伝授しようと思う。ニコラス・エプリーが『人の心は読めるか?』で、想像力の価値とその限界や弊害を説きながら導きだした、あの方法と同じものだ。その秘訣とは、相手に訊くこと、話しあうことだ。当然すぎるし冗談みたいな話だが、じっさいこれほど効果的な手段はほかにない。

 ガワンデも『死すべき定め』で、話しあいの重要性を語っている。話しあうことは基本中の基本でありながら、けっして易しいことではない。話題が死ともなればなおさらだ。
 迫りくる現実的な死について語ることの心苦しさは、『死すべき定め』で何度となく示される。限られた選択肢のなかで何を望み何を望まないのか、質問するのもされるのも怖い。口にするタイミングや言いかたなど、配慮すべきこともたくさんある。すべての当事者にとって、まさに「厳しい会話」*4だと思う。避けられるものなら避けたい。しかしいつかは誰もが死ぬのだ。

 ガワンデはこの「厳しい会話」を、医師としてだけでなく、父親を見送る息子としても経験する。

限界を延ばしつづけることから、限界の中で最善を尽くすことに方向転換することはたやすいことではない。しかし、延ばすことによる損失が、メリットを上まわってしまう時点があるのは明らかだ。この時点をいつにするのか、それを決める葛藤を父が乗り越える手助けをしたのは、私の人生を通じて最大の苦痛であったと同時に最高の経験だった。

アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』p.264、訳:原井宏明

 患者の具体的な希望は、一様でも不変でもない。それぞれの価値観によって違うし、容体の変化や現状の理解度でも変わってくる。話しあうことは、患者本人が状況をどう捉え、何を恐れて何を求めているかを、ごく身近な人や医療者が知るのに役立つ。医療者が病状や治療ごとのメリット・デメリットをあきらかにし、患者が現状をより深く理解するのにも役立つ。それをくりかえすうちに患者は、医療者と信頼関係を築いたり大切な人と絆を深めたりしながら、現実に取りうる選択肢を認識できるようになる。

 しかし選択すること自体が、そもそもあまりに難しい。

正しい選択は何だろうか。なぜ選ぶことにそこまで悩むのだろうか。私はふと、選択はリスク計算よりもはるかに複雑なことに気づいた。吐き気の軽減と再び食べられるチャンスの足し算から、痛みと感染症、バッグに排泄する生活を引き算するのをどうやってやればいいのだろうか。

アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』p.236、訳:原井宏明

 選択しないこともまた選択になってしまう。決断するのはこれ以上ないほど困難で、いずれにしても賭けでしかない。とはいえ少しでも穏やかな最期をむかえたいなら、熟慮のすえに主体的に選択することは、おそらく避けて通れないのだろう。苦しまないためだけでなく、苦しめないためにも。

 ガワンデが書いているのは、ある意味で生を諦めることだ。しかしそれは同時に、最期までよりよい生を諦めないことでもある。

*1:アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』p.90、訳:原井宏明

*2:チャールズ・ブコウスキー「breakfast」、『The People Look Like Flowers At Last: New Poems』p.58

*3:基本的に標準医療のこと。標準医療と先端医療(先進医療)の違いに関しては、国立がん研究センターの「がん情報サービス」にある「がんの検査と治療」や「先端医療と標準医療」がわかりやすい。代替医療に関しては、同じく「がん情報サービス」の「補完代替療法(ほかんだいたいりょうほう)を考える」、あるいは、NATROM『「ニセ医学」に騙されないために』などが参考になる。

*4:アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』第7章タイトル

自分の文章を読む

 10年ほど前に書いた文章を読んだ。「なんておもしろいんだ」と思う。同時に「なんて記憶力が悪いんだ」とも。10年も経ってしまえば、内容を覚えていないだけでなく、自分自身が別人のように変わっていてもおかしくない。じっさいずいぶん変わった気がする。それでいて感性の根幹はそれほど変わっていないとも感じる。だからこそ絶妙におもしろいのだろう。他の誰が読んでも、こんなふうには楽しめないのではないか。未来の自分が楽しめるように、何かを書き残しておくのも悪くないかもしれない。

 そう考えつつ日記を読み返していたら、驚くほどつまらないものがあり、たまらず非公開にした。

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漫画・映画『この世界の片隅に』

この世界の片隅に』のネタバレがあるので、知りたくない人は読まないように。

漫画『この世界の片隅に

一行要約

  • 戦中とその前後の日常を舞台にした良作

 善良でどんくさいが鋭いところもある個人の生に、戦争が絡んでくる作品。作中には日常生活の場面がたくさん出てくる。すずとその家族の暮らしには、さまざまな苦労がありつつも笑いが絶えない。悲しみや苦しみばかりでなく、喜びや楽しみもある。むしろ笑いのほうが多いくらいだ。しかし戦況が悪化するにつれて、それも変わってしまう。
 死がむごたらしく直接的に描写されることはほとんどない。たいていは消えるように死ぬか、道端の死体として描かれる。戦争における人間の好戦的側面も基本的に出てこないし、兄やリンの空想的「伏線」からは独りよがりな世界の狭さがかいま見えもする。
 しかしそれは銃後の、女性参政権すらなかった時代の、子供から大人になる年齢の個人をとおして見た世界や心象風景というコンセプトによるものであり、まさに「この世界の片隅」を表現しようとした結果なのだろう。

 世の中は偶然に満ちている。何かを選ぶとは、他の可能性を選ばないこと、賭けてみることだ。ときには誰かの夢が誰かの悪夢になったりもする。傍から「幸福」「幸運」に見えるものが、当人にとってもそうだとはかぎらない。その人にはその人なりの事情がある。その人にしかない記憶も。人間は記憶の器で、誰かや何かの断片で構成されている。そしてすべてを失う定めの、死にゆく存在でもある。語り伝えなければ、死とともに記憶もまた消えてしまう。
 『この世界の片隅に』は、わかりきってはいても忘れがちなことを、笑いをまじえながらしっかりと描いている。 

次の1作

 原作を読みながら連想した作品を紹介する。必ずしも内容が似ているわけではない。

  • 坂口尚『石の花』(講談社 愛蔵版全4巻 文庫版全5巻、光文社 全3巻)
  • エマニュエル・ギベール『アランの戦争』(国書刊行会
  • エヴゲーニヤ・ギンズブルグ『明るい夜 暗い昼』(集英社 文庫版全3巻)
  • スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『死に魅入られた人びと』(群像社
  • ミランダ・ジュライ『あなたを選んでくれるもの』(新潮社)
  • イレーヌ・ネミロフスキー『この世の富』(未知谷)
  • ノダル・ドゥンバゼ『ぼくとおばあさんとイリコとイラリオン』(未知谷)

映画『この世界の片隅に

数行要約

  • 大きな変更点がある
  • その変更点は残念ながら好みではない
  • 映像と音の力はすごい

 やはり気になるのは原作との違いだ。まずはそれを語ることにする。

 リンの描写がばっさりと削られた。
 すずや周作にとってリンは、哲と同じように、ありえたかもしれない別の人生を想像させる、身近で現実的な存在だ。時代が違えば、戦争になっていなければ、あるいは戦争が早く終わっていれば、あのときこうしていれば……というように。過去を掘り下げれば掘り下げるほど、いろいろな可能性が見えてくる。けっして一本道ではなかったからこそ、あのセリフが意味をもつ。
 リンはまた、「それでは北條家にとってはどういう存在だったのか?」など、さまざまな連想を生むキャラクターでもある。できれば削らないでほしかった。

 「この国から正義が飛び去ってゆく」「暴力で従えとったいう事か」「じゃけえ暴力に屈するいう事かね」「それがこの国の正体かね」といった、すずの重要なセリフが大きく改変された。
 まさかこのシーンが大幅に変更されるとは思わなかった。
 これは単に己の無力さを痛感するだけの場面ではない。非道な暴力に屈したことで正義が飛び去っていくと感じたその直後、もとより正義対悪ではなく暴力対暴力にすぎなかったことに気づく瞬間でもあるのだ。暴力を、空襲というわかりやすく残虐な形で示されつづけたあの暴力を、自分たちの側もまた誰かにふるっていたのだ、と。そしておそらく、自分自身の世界観、依拠してきた価値観、堅固だと信じていた足元が揺らぎ、いったいみんな何のために戦ってきたのか、何のために犠牲になり、何のために耐えてきたのかを思って泣き崩れる。だからこそ「うちも知らんまま死にたかったなあ……」とさえ言うのだろう。ただ戦争に負けただけでなく精神的にも打ちのめされた、どん底の描写なのだ。少なくとも私はそう解釈したし、言うなれば漫画『デビルマン』のあのシーンと同じくらい変えようがないと思っていた。それがああなるとは……。
 周作とリンの話が省略され(つまりすずが彼らの関係を察する描写がなく)、玉音放送後のセリフが変更された結果、すずがときおり見せる明敏さも霞んだ。前者は時間の制約で仕方ないのかもしれない。しかし後者は、制作上の都合ではなく意図的なものだ(どういう意図かは「ネタバレ注意!「この世界の片隅に」片渕監督SPインタビュー【後編】 | WebNewtype」で語られている)。この一連の改変で、すずがより幼く無垢になり、戦争がより戦災的になってしまったと感じる。

 原作の「記憶の器」という表現が「笑顔の入れ物」に変わっていた。
 楽しみや喜びだけが記憶ではない。甘みだけが味ではないように。それゆえに「わたしのこの世界で出会ったすべては わたしの笑うまなじりに」で終わらず「涙する鼻の奥に 寄せる眉間に ふり仰ぐ頸に 宿っている」と続くのだ。「記憶」が「笑顔」になるのは、たとえば「彼女に与えられた悲しみも喜びも、わたしは常に自分の生活、自分の運命の有機的な一部として受け止めてきた。」(エヴゲーニヤ・ギンズブルグ『続々 明るい夜 暗い昼』p.176、訳:中田甫)が「彼女に与えられた楽しみも喜びも、わたしは常に自分の生活、自分の運命の有機的な一部として受け止めてきた。」になるくらい違和感がある。
 原作に「晴美さんとは一緒に笑うた記憶しかない」とあるので、「晴美との記憶」を「笑顔」とすること自体はおかしくない。しかし晴美はかけがえのない存在でありながらも、「この世界で出会ったすべて」ではなく、あくまでその一部なのだ。「(晴美さんの)笑顔の入れ物」という言葉を使うなら、「記憶の器としてこの世界に在り続けるしかない」ことを語ったうえで、それに続ける形にしてほしかった。ただし別の表現で補完されていたのを聞き逃した可能性はある。

 それはそうと、メディアの違いが大きいとはいえ、原作を凌駕していると思う部分もあった。やはり映像と音の力は怖いくらいすさまじい。特に音を全身で感じられたのは大きかったし、劇場で見たのは正解だった。

 整理すると、映像や音などはよくできていると思うものの(あるいはむしろそうであればこそ)、よりよいものにできないのなら重要なシーンやセリフをわざわざ改変しないでほしいということだ。コラムやインタビューを読めば、原作の映像化を自ら望み、資料をあさって考証に励みながら制作に打ちこんできた、並々ならぬ熱意が伝わってくる。しかしなぜ原作に忠実でいられなかったのか。能力も情熱もあり、じっさいここまでのものをつくりあげたにもかかわらず、複雑さを単純化する方向に変えてしまったのが残念でならない。原作を特徴づけている苦みは、映像化に際して捨てるべき灰汁ではなかったと思う。

 なお、映画版でも原作同様に登場人物が方言でしゃべっているため、音声のみでは言葉の意味を理解しにくいかもしれないと考えて、字幕つき上映の回を選んだ。もちろん字幕で表示されるのも方言なのだが、あるとないではずいぶん違って、おかげでとてもわかりやすかった。現代的かつ標準的な日本語しか出てこない作品でも、聞きとりづらく感じることはあるので、字幕つきで上映される邦画が増えてくれるとありがたい。

ディーノ・ブッツァーティ『タタール人の砂漠』

書名: 『タタール人の砂漠』(岩波書店
著者: ディーノ・ブッツァーティ
訳者: 脇功

 読みながら “Failing to prepare is preparing to fail.” や “Life is what happens while you're busy making other plans.” という格言を思いだした。

 期待を内に秘めて暮らしに埋没し、決断をずるずる先延ばしにするうちにも、月日は容赦なく過ぎ去っていく。待っていても確実にやってくるのは死だけであり、能動的な行動と「損切り」こそが大切だと痛感させられる。しかしそうは言ってもままならぬもので、やはり何かと逡巡してしまう。けれどもそうこうしていると手遅れになりかねない。耳が痛いし頭も痛い、と内なるドローゴが叫ぶ。

 折にふれて読みたいような読みたくないような名作。