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プリーモ・レーヴィの『休戦』で気になったこと

 プリーモ・レーヴィの名著『休戦』には、脇功による邦訳(以下「脇訳」)と、竹山博英による邦訳(以下「竹山訳」)がある。脇訳は1969年に早川書房から出版され、竹山訳は1998年に朝日新聞社から出版されたのち、2010年に岩波書店から文庫化された。

 ここでは脇訳と竹山訳を比較しながら、気になった部分について語ることにする。なお、竹山訳は岩波文庫のものを用いる。

 以下に引用するのは、強制収容所の入口で別れさせられた人たちの安否を、オルガから聞いたあとの場面だ*1。ほぼ全員が死んでおり、レーヴィにとって特別な存在だったとされる*2ヴァンダ・マエストロも生き残れなかった。

ヴァンダは十月に、意識のはっきりしたままガス室に入っていった。オルガは彼女に睡眠剤を二錠手に入れてやったのだが、それだけの量では足りなかったのだった。

『休戦』p.34、訳:脇功

ヴァンダは十月に、一点の曇りも心に抱かずに、ガス室に行った。オルガ自身が睡眠薬を二錠、ヴァンダのために調達したのだが、それでは足りなかった。

『休戦』p.50、訳:竹山博英

 脇訳では「意識のはっきりしたまま」となっている箇所が、竹山訳では「一点の曇りも心に抱かずに」となっている。具体的でわかりやすいのは脇訳のほうだ。

 原文を見てみよう。

Vanda era andata in gas, in piena coscienza, nel mese di ottobre: lei stessa, Olga, le aveva procurato due pastiglie di sonnifero, ma non erano bastate.

『La tregua』

 こうした話のときは、原語に関する解説とともに、どう訳すべきかなどが語られるものだ。しかしそうはならない。なぜならイタリア語を「チャオ」ぐらいしか知らないからだ。

 そういうわけで、しかたなく英訳を参照する。

Vanda had died by gas, fully conscious, in the month of October; Olga herself had procured two sleeping tablets for her, but they had not proved sufficient.

『The Truce』、訳:Stuart Woolf

Vanda had been gassed, fully conscious, in the month of October; she herself, Olga, had obtained two sleeping pills for her, but they were not enough.

『The Truce』、訳:Ann Goldstein

 どちらも「ヴァンダは十月に、完全に意識があるままガスで死んだ(殺された)。彼女のためにオルガ自身が睡眠薬を二錠調達したものの、それでは足りなかったのだ」という意味であり、脇訳と同様の解釈をしている。ざっと検索してみると、英語で書かれた伝記『Primo Levi: A Life』や、イタリア語で書かれた伝記『Partigia. Una storia della Resistenza』の英訳『Primo Levi's Resistance: Rebels and Collaborators in Occupied Italy』でも、脇訳とほぼ同じ解釈をしているようだ。
 一文目と二文目をつなぐコロン(英訳ではセミコロン)の存在も、脇訳の文脈的な妥当性を示していると思う。換言すれば、意識のはっきりした状態だった理由として睡眠薬が足りなかったことを挙げている、と読むのが自然ではないかということだ。

 脇訳の解釈が一般的なものだとしたら、竹山訳はなぜ「一点の曇りも心に抱かずに」となったのだろう?

 イタリア語がわからないなりに Wiktionary などで調べると、「coscienza」には「意識」だけでなく「良心」の意味もあることがわかる。「一点の曇りも心に抱かずに」が、もし「曇りなき心で」を意味するのなら、それはまさに良心のことだろう。
 竹山訳には「coscienza」の訳語を「意識」とした箇所*3もあれば「良心」とした箇所*4もあるようだ。つまり文脈によっては「意識」と訳すのがふさわしいと理解したうえで、それでも「一点の曇りも心に抱かずに」と訳したことになる。

 「良心」は強制収容所とも関連するキーワードだ。強制収容所に関する証言や回想録では、過酷な環境で「良心」を失っていく被収容者たちのことがしばしば語られる(それは簡単に断罪できるものではないということも)。
 たとえばレーヴィは、『アウシュヴィッツは終わらない』『溺れるものと救われるもの』で次のように書いている*5

生きのびるために考え出された方法は無数にある。個々人の性格と同じくらいだ。だがどれも、自分以外の全員に対する消耗戦を伴い、多くは、少なからぬ道徳放棄とごまかしを必要とする。自分の信念を何一つ捨てずに生きのびることは、よほどの強運に恵まれない限りは、聖人や殉職者になれるわずかの優れた人物にしか許されていなかった。

アウシュヴィッツは終わらない』p.110、訳:竹山博英

ラーゲルの「救われたものたち」は、最良のものでも、善に運命づけられたものでも、メッセージの運搬人でもない。私が見て体験したことが、その正反対のことを示していた。むしろ最悪のもの、エゴイスト、乱暴者、厚顔無恥なもの、「灰色の領域」の協力者、スパイが生き延びていた。決まった規則はなかったが(人間の物事には決まった規則はなかったし、今でもない)、それでもそれは規則だった。確かに私は自分が無実だと感じるが、救われたものの中に組み入れられている。そのために、自分や他人の目に向き合う時、いつも正当化の理由を探し求めるのである。最悪のものたちが、つまり最も適合したものたちが生き残った。最良のものたちはみな死んでしまった。

『溺れるものと救われるもの』p.86、訳:竹山博英

 こうしたことをふまえて、良心を失わずに死んでいった最良の人々にヴァンダを含めている、というのがレーヴィの意図だと判断したのかもしれない。

 いずれにせよ、「良心」より「意識」のほうが文脈上ふさわしいと感じるものの、イタリア語がわからないので断言はできない。そもそもイタリア語どころか、日本語である「一点の曇りも心に抱かずに」の解釈さえ、確信をもって語れないのだが。

*1:竹山博英『プリーモ・レーヴィ』(言叢社)によると、原稿の段階ではこの場面に続きがあったものの、出版の際にレーヴィが削除したそうだ。レーヴィが削除したその文章も評伝内で訳出されている。

*2:竹山博英『プリーモ・レーヴィ』(言叢社)参照

*3:「それは今までは、他の差し迫った苦痛によって覆い隠され、意識の片隅に追いやられていた」(p.21)

*4:「流血の話で、すべての人の良心を根底から揺さぶるはずだった」(p.86)

*5:1984年のインタビューではこう語っている。「ラーゲルを出た我々の誰もがある種の居心地の悪さを覚えており、そしてこの居心地の悪さに自分たちで〈良心の呵責〉というレッテルを張り付けたのです。もちろん先ほど話に出た犠牲者と虐待者の同一視の問題と一致する訳ではありません。虐待者が覚えるべき恥の感情を我々が感じている訳ではありませんが、ある程度は多分誰もが、いや多くの者が自分たちと同じかそれ以上の価値をもった人びとが数多く死んで行ったと言うことを考える度に、ある種のバツの悪さを覚えたのです。必ずしも優れた人びとが生き残った訳ではありません。最低の奴らが生き残った例もあります。ともかく誰かの代わりに自分が生きている、という感覚なのです」(編:マルコ・ベルポリーティ『プリーモ・レーヴィは語る』p.229、訳:多木陽介)

ジュンパ・ラヒリ『べつの言葉で』

書名: 『べつの言葉で』(新潮社)
著者: ジュンパ・ラヒリ
訳者: 中嶋浩郎

 ベンガル人の両親をもつアメリカ育ちの成功した作家が、アメリカからイタリアに移住して、イタリア語、つまり「べつの言葉で」作品を書く――興味深くはあるものの、なぜそんなことをするのだろう?

 それはどうやら、イタリア語への愛情に加えて、変化への希求が関係しているらしい。ジュンパ・ラヒリは変わりつづけることにこだわっており、人間としても作家としても自分を変えたい、との思いが原動力のひとつになったようだ。とかく変化を嫌ったという母親とは対照的だ。
 アメリカからイタリアに移住するのは、イタリア語を身につけるためであり、生きかたを変えるためでもある。考えようによっては、両親の移民としての人生をたどる形にもなっていて、そこがまたおもしろい。
 「べつの言葉」への傾倒は、著者のなかで長くつづいてきた、ベンガル語と英語の対立ともかかわっている。両親の言語で「母」たるベンガル語。生まれ育った土地の言語で「継母」たる英語。どちらからも離れて、新たな言語を自分の意志で学ぶのは、要するに自立の道なのだ。

 書くこと、なかでも書いたものを徹底的に推敲することは、内省的な行為だ。曖昧だったことが明瞭になり、知ったつもりになっていたことを、どれほど知らなかったのか知るきっかけになる。
 新しい言語の勉強にうちこみ、その言葉で表現することもまた、内省的な行為だろう。第一言語以外では、修辞による粉飾が難しくなる。堪能でないがゆえにより直截な物言いしかできず、それが結果的に身も蓋もない明快さにつながり、自分がじっさいに何を主張しているのか明々白々になるはずだ。自らのレトリックにほかでもない自分自身がごまかされる、なんてこともなくなるだろう。あるいは第一言語ではないからこそ、率直に言えることだってあるかもしれない。

 表現しようと苦心すること、とりわけ新たな言語でそうすることは、自身のなかのさまざまなことをあきらかにする。これまでは見えなかった一面、新しい自分が顔を出すといってもいい。その意味で「べつの言葉」の習得とは、一種の変身なのだろう。

ミランダ・ジュライ『あなたを選んでくれるもの』

書名: 『あなたを選んでくれるもの』(新潮社)
著者: ミランダ・ジュライ
訳者: 岸本佐知子

 人に歴史あり。人生は語ることに満ちている。

わたしが記者でも何者でもないのを知っていながら、まるでこのインタビューがとても大きな意味をもつかのように、自分について語りはじめるのだ。でも、とわたしは気づいた。誰でも自分の物語は、その人にとってはとても大きな意味をもっているのだ。

『あなたを選んでくれるもの』p.36

 あらすじは、私物売買の案内広告などを掲載する無料情報誌『ペニーセイバー』を見たミランダ・ジュライが、広告を載せた売り手に電話をかけてインタビューを申しこみ、相手の許可が出れば自宅を訪問して話を聞いていく、というもの。
 著者がインタビューするのは、概して社会の主流ではない人たちだ。ネットに均されずに環境や習慣に強化された、強烈な個性の持ち主でもある(とはいえ自覚がないだけで、われわれ一人ひとりにもきっとそういう側面があるのだろう)。そんな生(なま)の生(せい)の生々しさに、引きつつも惹きつけられ、惹きつけられつつも引きながら、話は進んでいく。

 作中では「エア家族」なるものが登場する。

ティーンエイジャーのダイナは、雑誌の黒人女性の写真をスクラップブックに貼りつけていた。それはみんな彼女の空想上のお姉さんなのだった。わたしが会う人会う人、なぜだかみんな紙の上のエア家族を持っているようだった。

『あなたを選んでくれるもの』p.174

 そこでふと、ある言葉を思いだしたりもした。

人には誰か相手が必要だ。自分のまわりに誰もいないのなら、誰かをでっちあげて、あたかも実在する人物のようにしてしまえばいい。それはまやかしでもなければ、ごまかしでもない。むしろその反対のほうが、まやかしでごまかしだ。彼のような男が身近にいることもなく、人生を生きていくことのほうが。

チャールズ・ブコウスキー『くそったれ! 少年時代』p.191、訳:中川五郎

 読みすすめながら貧しさや孤独に同情したりするけれど、そうは言っても遠方に住む赤の他人であり、じっさいに助けようとするわけでもなければ助けられるわけでもない。この同情も結局は一時の感傷にすぎず、そう考えると何やら悪趣味な気もしてくる。
 著者は言う。

何かの埋め合わせのように、わたしはふだんより多めの金額を彼に払ってしまった。なぜならドミンゴは今まで会った誰よりも貧乏だったから。もっと不幸だったりもっと悲惨だったりする人は他にもいたけれど、いっしょにいて、彼ほどいやらしい優越感をかき立てる人はいなかった。わたしたちはわたしのプリウスに乗って帰った。もし自分と似たような人たちとだけ交流すれば、このいやらしさも消えて、また元どおりの気分になれるのだろう。でもそれも何かちがう気がした。結局わたしは、いやらしくたって仕方がないしそれでいいんだ、と思うことに決めた。だってわたしは本当にちょっといやらしいんだから。ただしそう感じるだけではぜんぜん足りないという気もした。他に気づくべきことは山のようにある。

『あなたを選んでくれるもの』p.161

 相手との断絶や非対称な関係、自分のいやらしさを認めつつ、それでも「自分と似たような人たちとだけ交流す」ることに安住するのをよしとはしない。
 むろんそれも自己正当化的ではある。しかしそれだけでもないのだ。

 インタビューをするたびに、こうしたさまざまなことが次第しだいに浮き彫りになっていく。表出するのはむしろ著者自身のことだ。他者と向きあうことで自分と向きあうという構図である以上、必然的にそうなるのだろう。それを読んで考えをめぐらすうちに、読者も自分自身と向きあうことになる。

 私はといえば、「わかる」と思いながら読んでいたものの、一方で「簡単にわかった気になってはいけない」とも感じていた。人類はわかりやすいとしても、個人はあまりにはかりがたいからだ。
 そもそもコミュニケーションは、どこまでいっても推測でしかない。それぞれに想像力を駆使して、「わかった」「わからない」「わかってくれた」「わかってくれない」などと勝手に合点しつつ、喜んだり嘆いたりしているにすぎないのだ。その最たる例がこの感想だろう。
 うんざりするほど月並な表現ながら、個人はもともと理解不能なものだという前提で、それでもできるだけ理解しようとするのが大切なのだと思う。わかった気にならないことと、わかろうとすることが。人間に与えられた時間や能力は有限であり、知りうることなどたかが知れていると知ったうえで、それでも知ろうとするように。
 それは人生に打ちのめされて諦観へとたどりつき、そこからなんとか立てなおして再出発することにも似ている。

 諦念を起点とする、一種ネガティブなポジティブさ。そうしたポジティブさは、私が長患いのなかで自然と身につけたものであり、ジョーの話を読んでいるときに改めて意識したことでもある。
 世界を救うことなどできはしないとしても、自分自身と身近な人を少しだけ救うことならできる、ということをジョーは体現していた。そうすることで世界は、ごくわずかであれ生きるに値するものになるのだろう。

アレクサンドル・ゲルツェン『向こう岸から』

書名: 『向こう岸から』(平凡社
著者: アレクサンドル・ゲルツェン
訳者: 長縄光男

 『向こう岸から』は、幸か不幸か一足先に思想的「向こう岸」へとたどりついてしまった、時代の異邦人たるアレクサンドル・ゲルツェンの思索集。時代を超越する普遍性をもった名著だと思う。

 ゲルツェンのきわだった特徴のひとつは、自らの信じる思想すら永久不変の真理とはしないところだろう。その思想もいつかは極端なものに変質し、打ち負かされることになるとさえ言うのだ。そう考えるのはおそらく、神聖不可侵なドグマと化した思想が、人間に対して驚くほど暴力的になりうることを深く理解しているからでもある。じっさいにその恐怖を味わったゲルツェンの「このような衝撃を体験した以上、生身の人間が今まで通りでいることはできない」(p.78)からはじまる決意表明は印象的だ。大衆を一種の自然と見なし、彼らこそが歴史をつくり循環させる存在だと捉えているのもおもしろい。

 全8章のうち「嵐の前(船上での会話)」「VIXERUNT!(彼らは生き残った!)」「CONSOLATIO(なぐさめ)」の3章は対話形式で綴られるが、解説によれば自己との対話のようだ。それはゲルツェンにとっての理想と現実、期待と失望、感情と理性の対話に思える。世界を裁判官の目で見ることと医師の目で見ることのあいだで揺れながら、ゲルツェンは自分自身を追いつめ、説得し、思索を深めてゆく。そしてある諦念にいたるのだが、だからといってなげやりになるわけではない。むしろそれは、「独立した自立的な生き方」(p.238)、「新しい生の始まり」(p.239)なのだ。

 才能あふれる外部者であるからこそ、内部にいては見えにくいものをはっきりと見ることができるものの、外部者であるがゆえに内部への影響力は限られている、というのがゲルツェンのような立場の不幸なのだろう。とはいえその不幸は、「狂気の至福」(p.78)よりもずっと価値がある。

本物を知る

 人生は短い。そのすべてを費やして知ろうとしても、知りうることなどたかが知れている。しかしそれでも知ろうとするのは、知ることに価値があるからだろう。
 とはいえ、世の中には知らないほうがいいこともある。できれば知らずにすませたいと、ほぼ確実に思うようなことが。

 小学生のころの苦い記憶がよみがえってくる。ある日、なんとはなしに空を見上げると、口の中に何かが落ちてきた。苦い味がして反射的に吐きだす。……ハトのフンだ。運が悪いにもほどがある。まさに苦汁をなめたというわけだ。それ以来、鳥を見かけるたびに身構えるようになってしまった。もしどこかで鳥の一挙一動に怯える人間を目にしたら、優しく見守ってほしい。その人はきっと、悲しい経験をしてきたのだ。

 ところで、「○○を嫌うのは本物の○○を知らないから」と言ってくる人がいる。ただのマウンティングか、あるいは本気でそう信じているのだろうか。もし信じているのなら、ぜひ知ってほしい、本物のハトのフンを。そうすれば知ることになるだろう、前述の理論の愚かしさを。ひょっとすると、人によっては、ハトのフンのすばらしさを知るのかもしれないが……。

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プリーモ・レーヴィ『休戦』『周期律』『リリス』

書名: 『休戦』(岩波書店)、『周期律』(工作舎)、『リリス』(晃洋書房
著者: プリーモ・レーヴィ
訳者: 竹山博英

 プリーモ・レーヴィの著書、なかでも『休戦』や『周期律』、そして『リリス』所収の「ロレンツォの帰還」「我らが印」などで印象深いのは、無駄を排した飾り気のない文章による人物描写だ。レーヴィ自身は「今では、ある人物を言葉で覆い尽くし、本の中で生き返らせるのは、見こみのない企てであることは分かっている」*1と言うのだが、特徴を巧みに捉えて生き生きと描きだすことに成功している。なお、ここでいう特徴とは、長所にも短所にもなりうるような表裏一体のものだ。それはさまざまな幸・不幸の結果であり一因でもある。

 人生は状況次第でいとも簡単に長短が逆転し、明暗が分かれてしまう。「ある薄い膜や、一陣の風や、さいころの一ふりが、二人を二本の道に分け、それは一本にはならなかった」*2ということと、「言わなかった言葉に、利用しなかった機会に、思いを馳せながら」*3、偶然に左右されて生きていくしかない。それは良くもあり悪くもある。レーヴィの作品には、そんな喜びと悲しみが詰まっている。

*1:『周期律』p.79

*2:『周期律』p.195

*3:『休戦』p.317

リチャード・マグワイア『HERE』

書名: 『HERE』(国書刊行会
著者: リチャード・マグワイア
訳者: 大久保譲

 同じ地点から見た、さまざまな時代の景色や出来事を、時を越えて切り貼りする作品。太古の昔から遠い未来に至るまでの断片を、20世紀と21世紀の人々の暮らしを主軸にしながら、思うままにつなぎあわせていく。

 キャラクターやセリフの魅力に頼らずとも、ここまでのことができるのかと唸らされる。調査にもとづいている部分が意外とあるようなのもおもしろい。

死に近づいて生を感じる

 飛蚊症になった。眼科医によると、後部硝子体剥離なる現象が近視の影響で通常よりも早く起こり、その際に軽く出血しただけで、急変しなければまず心配ないそうだ。しかしそれでも、この目がいつかは見えなくなる、ということを意識せざるをえなかった。それどころか心臓だって止まるのだ。いつ終わりがきてもおかしくない。自分の日常生活をふりかえって、「こんなことをしていていいのだろうか?」と思ったりもした。とはいえ、こんな文章を書いている。

ごみのはいった眼や、腫れて膿んだ指、病む歯だけが自分の存在を感じ、自分の個性を自覚するのだ。健康な眼や指や歯はまるでそれらが存在していないように思えるものだ。

ザミャーチン『われら』p.194、訳:川端香男里

われわれが「元気です」と言うときは、自分の肉体というものを少しも感じていないときだという、あのおなじみの言い回しがまたとない真実を告げているだろう。

ジャン・アメリー『罪と罰の彼岸』新版p.75、訳:池内紀

 私は自分の肉体を感じている。意識させられている。もともと持病があるので、意識させられることがさらに増えた、と言ったほうが正確か。身体の執拗な「自己主張」には、つくづくうんざりさせられる。もし痛みを感じなくなったら、それはそれで困るのだが。

 「健康的な生活」をしたいとは思うものの、なかなかそうもいかない。「健康的な生活」をおくるには、そこそこ健康であることがまず必要だったりするからだ。長患いを経験しないと、この感覚はわかりにくいかもしれない。健康は空気のように貴重で、失うまでその価値を実感しづらいものだ。
 ときどき、持病の症状がもっとも深刻だったころのことを思いだす。生きるに値しない毎日だった。もう一度あの苦しみを味わうくらいなら、確実に死を選ぶと断言できるほどに。
 眠れるということが、どれだけすばらしいか。あまりのすばらしさに最近ではついつい寝すぎてしまい、反省することもしばしばだ。しかし目覚まし時計をセットしても、寝起きの自分があの手この手で裏切ってくる。
 それにしても、あのときはどうやって耐えたのだろう?

 健康問題にふりまわされて、価値観もかなり変わってしまった。ほとんど老人のように生きている。もはや余生だ。そんなことを考えながら、アトゥール・ガワンデの『死すべき定め』を読んでいると、「社会情動的選択理論」*1なるものが出てきた。簡単に言えば、日々の生活における目標や行動などの志向は、年齢そのものではなく、自身に残された時間をどう認識するか次第で変わるということらしい。老人はもちろん、残りの人生は短いと考えている。一方でたいていの若者は、まだまだ人生は長いと思っているだろう。しかしたとえば、病気だったり不安があったりする場合など、なんらかの事情で先行きに不透明さを感じているときには、若者でも「老人のような価値観」になるそうだ(医学の進歩で寿命が20年も延びたと想像してもらったケースでは、老人が「若者のような価値観」になったとのこと)。
 ここでいう「老人のような価値観」とは、「現在ここにあるもの、日々の喜びと親しい人たちを大切にする」*2といったものだ。これは好きな言葉である “you have to die a few times before you can really live.”*3 に通じるところがある。病気になったり怪我をしたりするのは、一時的にであれ死に近づくことだ。それは普通と見なしがちなことのかけがえのなさを、実感するきっかけにもなりうる。

 『死すべき定め』で、著者であり医師でもあるガワンデが扱っているのは、死にゆく人に対して医療*4には何ができるか、ということだ。なかでも終末期医療の話が印象的だった。

がん対処研究に参加した終末期がん患者のうち三分の二が、自身の最期の目標についての話を主治医としたことがなかった。調査が行われたのは平均で死の四カ月前だったにもかかわらず。しかし、残りの三分の一、死について医師と話をした患者は心肺蘇生をされたり、人工呼吸器をつけられたり、ICUに入れられたりすることが前者よりはるかに少なかった。この患者のうち大半はホスピスに入った。あまり苦しまず、体力もより保たれ、そして他者との交流をよりよい形で、より長い間、保つことができた。さらに加えて、患者の死から六カ月後で、遺族が長期間のうつ状態におちいっている割合が明らかに減っていた。言い換えると、最期について自分の嗜好を主治医と十分な話し合いをした患者は、そうしなかった患者よりも平穏に死を迎え、状況をコントロールでき、遺族にも苦痛を起こさない可能性がはるかに高いのだ。

アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』p.174、訳:原井宏明

病院での通常の治療を諦めた患者は、高用量の医療用麻薬を与えられて痛みと闘っているだけであり、他の多くの人々も私もホスピスでのケアは死を早める、と思いこんでいた。しかし数多くの研究がまったく反対の結果を示している。

アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』p.175、訳:原井宏明

この教訓はまるで禅問答のようである――人は長生きを諦めたときだけ、長生きを許される。

アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』p.176、訳:原井宏明

 一縷の望みに賭けて苦しい治療に耐えながらより長く生きるか、苦痛の緩和を優先してより早く死ぬか、このどちらかを選択するのだと漠然と思っていた。しかしどうやらそれは思いこみだったようだ。

 死に際して多くの人が望んでいるのは、最期の日々を可能なかぎり平穏で価値あるものにすることだろう。会いたい人に会い、伝えたいことを伝え、やりたいことをやり、周囲の重荷にならず、苦しむことなく安らかに死に、最期の姿を悲痛なものにしない。
 残された短い時間をできる範囲で本人の希望どおりにすること、それは死にゆく人のためであり、遺される人のためでもある。どのような生に耐えられて、どのような生に耐えられないか、優先順位や許容範囲は人によってずいぶん違う。望みを叶えるには、まずその望みを知らなければならない。しかし大切な人への思いやりから、望まぬ治療を受けてしまったりもする。
 本当の希望をどうやって知ればいいのだろう? じつは相手の考えを知る秘訣がある。それをここで伝授しようと思う。ニコラス・エプリーが『人の心は読めるか?』で、想像力の価値とその限界や弊害を説きながら導きだした、あの方法と同じものだ。その秘訣とは、相手に訊くこと、話しあうことだ。当然すぎるし冗談みたいな話だが、じっさいこれほど効果的な手段はほかにない。

 ガワンデも『死すべき定め』で、話しあいの重要性を語っている。話しあうことは基本中の基本でありながら、けっして易しいことではない。話題が死ともなればなおさらだ。
 迫りくる現実的な死について語ることの心苦しさは、『死すべき定め』で何度となく示される。限られた選択肢のなかで何を望み何を望まないのか、質問するのもされるのも怖い。口にするタイミングや言いかたなど、配慮すべきこともたくさんある。すべての当事者にとって、まさに「厳しい会話」*5だと思う。避けられるものなら避けたい。しかしいつかは誰もが死ぬのだ。

 ガワンデはこの「厳しい会話」を、医師としてだけでなく、父親を見送る息子としても経験する。

限界を延ばしつづけることから、限界の中で最善を尽くすことに方向転換することはたやすいことではない。しかし、延ばすことによる損失が、メリットを上まわってしまう時点があるのは明らかだ。この時点をいつにするのか、それを決める葛藤を父が乗り越える手助けをしたのは、私の人生を通じて最大の苦痛であったと同時に最高の経験だった。

アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』p.264、訳:原井宏明

 患者の具体的な希望は、一様でも不変でもない。それぞれの価値観によって違うし、容体の変化や現状の理解度でも変わってくる。話しあうことは、患者本人が状況をどう捉え、何を恐れて何を求めているかを、ごく身近な人や医療者が知るのに役立つ。医療者が病状や治療ごとのメリット・デメリットをあきらかにし、患者が現状をより深く理解するのにも役立つ。それをくりかえすうちに患者は、医療者と信頼関係を築いたり大切な人と絆を深めたりしながら、現実に取りうる選択肢を認識できるようになる。

 しかし選択すること自体が、そもそもあまりに難しい。

正しい選択は何だろうか。なぜ選ぶことにそこまで悩むのだろうか。私はふと、選択はリスク計算よりもはるかに複雑なことに気づいた。吐き気の軽減と再び食べられるチャンスの足し算から、痛みと感染症、バッグに排泄する生活を引き算するのをどうやってやればいいのだろうか。

アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』p.236、訳:原井宏明

 選択しないこともまた選択になってしまう。決断するのはこれ以上ないほど困難で、いずれにしても賭けでしかない。とはいえ少しでも穏やかな最期をむかえたいなら、熟慮のすえに主体的に選択することは、おそらく避けて通れないのだろう。苦しまないためだけでなく、苦しめないためにも。

 ガワンデが書いているのは、ある意味で生を諦めることだ。しかしそれは同時に、最期までよりよい生を諦めないことでもある。

*1:「社会情動的選択性理論」とも

*2:アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』p.90、訳:原井宏明

*3:チャールズ・ブコウスキー「breakfast」、『The People Look Like Flowers At Last: New Poems』p.58

*4:基本的に標準医療のこと。標準医療と先端医療(先進医療)の違いに関しては、国立がん研究センターの「がん情報サービス」にある「がんの検査と治療」や「先端医療と標準医療」がわかりやすい。代替医療に関しては、同じく「がん情報サービス」の「補完代替療法(ほかんだいたいりょうほう)を考える」、あるいは、NATROM『「ニセ医学」に騙されないために』などが参考になる。

*5:アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』第7章タイトル